古墳ガイド

古墳について

今からおよそ1700年前、弥生時代が終わった3世紀末~7世紀末頃までの400年間は、巨大な墓づくりが行われた時代でした。そこでこの時代を「古墳時代」といいます。

弥生時代(中期ごろ)にも墳丘墓(ふんきゅうぼ)と呼ばれる大きな墓がつくられましたが、各地域ごとに独自につくられ、形もいろいろでした。古墳時代になると、全国的に共通した形と内容を持つ古墳がつくられました。

全国の古墳の分布状況は、茨城県、群馬県、千葉県、奈良県、京都府、大阪府、岡山県、福岡県、宮崎県などが、全国的にみても古墳の数が非常に多い地域となっています。

このように、宮崎県は全国的にも古墳の多い県で、また、巨大な前方後円墳や横穴式古墳などが特に多い県となっています。

古墳の種類

約400年におよぶ古墳時代には少しづつ変化があります。もっとも大きな変化は、5世紀の終わり頃に横穴式石室が全国に広がったことです。このような古墳の変化から、古墳時代は大きく、前期、中期、後期、終末期に分けられます。

古墳時代は、色々な技術が大きく発展した時代でした。鉄の道具は農耕具、漁具、武器武具などあらゆるものに広がり、各種の工芸品の生産もさかんになり、鉄・玉・塩・埴輪(はにわ)、石棺(せっかん)などを専門につくる集団も現れました。

古墳は墳丘(ふんきゅう)と周濠(しゅうごう)などからなり、土や石を積み上げた墳丘には、遺骸や副葬品をおさめる内部と、外側を守ったり、飾ったりする外部施設があります。

古墳の呼び方は、墳丘の形によって変わります。主な古墳は、古墳時代の前期から、前方後円墳や円墳、方墳、帆立貝式古墳などがあります。

内部の施設は主に2種類あり、竪穴式石室と中期に出現する横穴式石室があります。

古墳群と主な古墳

古墳群全体図

西原古墳群は前方後円墳31基、円墳279基、方墳1基、地下式横穴墓11基、横穴墓12基もの多くの古墳が集まっている全国的にも非常にまれな古墳群です。現在までの発掘調査によって、古墳は4~7世紀前半にかけて作られたものだと思われます。

前方後円墳の形が定まる以前の古墳時代前期に作られたと思われる南九州地方に多く見られる「柄鏡形類型」と呼ばれる前方後円墳の存在や、地域を統括する首長の墳墓とされる前方後円墳がほぼ同時期に形成されていることなどが西都原古墳群の大きな特徴です。

第1古墳群

古墳群全体図

南東端に位置し、84基の古墳がが確認されています。

発掘調査の結果、第1古墳群は3世紀の末から4世紀にかけて1号墳→72号墳→13号墳→35号墳→46号墳の順で前方後円墳が作られたと思われます。

大正時代に72号墳、13号墳、35号墳の発掘調査が行われ、銅鏡や剣、勾玉などが出土しました。

第2古墳群

古墳群全体図

東側に位置し、39基の古墳が確認されています。

発掘調査の結果、第2古墳群は3世紀半ばから4世紀にかけて81号墳→91号墳→100号墳→92号墳→95号墳→90号墳→99号墳→83号墳→109号墳の順で前方後円墳が作られたと思われます。

また、2005年の発掘調査により、西都原古墳群では初めてとなる「土器棺」と思われる壺の上面が発見されました。

第3古墳群

古墳群全体図

北側に位置し、86基の古墳が確認されています。

西都原古墳群の中では比較的新しく、前方後円墳は古墳時代後期に作られたと思われる265号墳の1基だけです。

また、111号墳は円墳の下に「4号地下式横穴墓」とよばれる九州独特の墓を有しており、内部をカメラの遠隔操作で見学することができます。

男狭穂塚(おさほづか)・女狭穂塚(めさほづか)

古墳群全体図

西側に位置する西都原古墳群の中心的な古墳。4世紀末から5世紀初頭頃に築造されたと思われます。

女狭穂塚は九州では珍しいくびれ部に造出(つくりだし)を持つ九州最大の畿内式前方後円墳、男狭穂塚は全国最大の帆立貝形前方後円墳です。 明治28年、宮内庁により御陵墓参考地に指定されました。

また、周辺には169号墳、170号墳、171号墳(西都原古墳唯一の方墳)の3基の陪塚が配置されています。

鬼の窟古墳

古墳群全体図

西都原古墳群のほぼ中央に位置する周囲に土塁を巡らせた全国で唯一の円墳。

発掘調査の結果、6世紀末から7世紀前半に築造されたと思われます。 西都原古墳群では江戸時代後半頃に開口したと思われる「横穴式石室」を持つ唯一の古墳で、内部は玄室(棺や埋葬者を安置した部屋)と羨道(玄室に通じる通路)に分かれています。

また、陪塚とみられる205号墳が隣接しています。

坂元ノ横穴墓群

古墳群全体図

鬼の窟古墳のすぐ南側に位置する「横穴墓」と「地下式横穴墓」が融合した珍しい古墳。

発掘調査の結果、7世紀始めに築造されたと思われます。

遺構を保存し、発掘調査を行うことを主目的として平成12年に覆屋(おおいや)が建設され、発掘された状態を見学することができます。屋根には建物内部の断熱と自然景観との調和を図るために「緑化システム」が採用されています。